スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本「京都流節約生活術」

服飾研究家 市田ひろみさんの「市田ひろみの京都流節約生活術」を読んでみました。

京都関係の本にはついつい手が伸びますが
節約関係の本も、ついつい手にとってしまうのです。

古くからのものを大切にして、けして『浪費』なんてしなさそうなイメージが
京都の人にはありますが

いっぽうで、高くていいものを選んで買うようなイメージもあり

この本には、確かにそのイメージを裏付けるような
京都人の価値観による節約術が書かれています。

むしろ、節約術じゃなく京都人なりの考え方がもともと節約のためではなく
無駄が無いといった感じですが。

特に、交際関係の考え方は
簡単には理解できないような、奥深い心遣いの上に成り立っているルールが
「都人」だと感じさせます。

長い歴史の上に成り立った価値観なんだと、感心させられる無駄のない生活に興味がある方はどうぞ読んでみてください。

スポンサーサイト

映画「それでもボクはやってない」

映画「それでもボクはやっていない」
主人公が拘留された時。
当番弁護士から裁判の難しさを語られた時
重く黒い幕が落ちてきたかのように、呆然とする瞬間がわかった。

拘留中の被疑者の生活
声のかけられ方、言ってみれば扱われ方から被疑者と(きっと容疑者も犯人も)警察は人間じゃないと感じる。
あまりにも、俗世と隔離された世界。
主人公がしていることは「無実を主張」していたと言うこと
戸惑いながら、絶望しながら、取り乱しながら
「無実を主張」し続けることの困難さを観る側は感じる。
日本の法制度の残酷さと国家権力の強さを、ゆっくりと知る。
一時、観手の心を掴みかけた裁判官が、国家権力に軽々と吹き飛ばされるシーンが見事だった。

映画の、まだまだ中盤シーンだったと思うが、実は結末を示唆するシーンんなのだと思う。
主人公の台詞「心のどこかで、裁判官はわかってくれるんじゃないかと思っていた」

変わった裁判官が小日向文世だというところが
いつも、気の弱そうな脇役イメージが強い彼だということが
結末を見る時、強く響く気がする。


法とはなんのためにあるのか、
けして人を幸せにするためにあるわけでは無い

そう再確認した映画にあった。

監督が描くのはやはり人
人が人を傷つけ、
惑わし
苦しめ
幸せにし
歩ませていく

主人公が否認を続けることは、誰も幸せにしない
むしろ、被害者に辛い現実を忘れる機会を与えない


それでも
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。